2015年の7月23日木曜日、M2Jの担当の女性から電話がかかってきた。
口座への入金確認ができた、とのことだった。
私のトラリピ口座を確認するとたしかに35万円が表示されている。
あとはもう、値幅とポジション数を設定して、システムを稼働するだけだ。
自由への切符を手に入れるんだ。
そう意気込んだものの、いざシステムを始めようにもなかなか踏ん切りがつかない。
「今、このレートで初めて良いのか?もう少し安くなってからの方がいいのではないか?」
相場観なんてひとつもないくせに、
もう少し待てばもう少し下がるはずだ。
まだ早い、まだ早い。
そう思っているうちに、1週間近くが経ってしまった。
7月29日水曜日、仕事が終わり上司と同僚の先輩と飲みに行くことになった。
彼らから出てくるのは仕事や取引先の愚痴ばかり。
40歳をすぎる彼らの姿を見て、このままここで働き続けていたら、自分もこんな風になってしまうのだろうかと、自らの将来の姿を彼らに重ねた。
絶対にこうはなりたくない。
サラリーマンとして一生平日を会社に捧げ、たまの休日を限られた時間と金で過ごすなんて、そんな人生なんて、絶対に嫌だ。
酒を飲みながら強く強く思った。
「ちょっとお手洗いに。」
そう彼らに断って、私は居酒屋のトイレでスマートフォンを取り出し、トラリピアプリを起動する。
1日でも早く、抜け出さなきゃ。
その思いが私を動かす。
私はシステムを稼働させる注文を確認する。
値幅とポジション数はこの1週間で散々考えた。
そして、酔った勢いと相まって注文ボタンを押す。
「とうとう始まった。」
誰に対するものかはわからないが、少しだけ罪悪感があった。
しかし、始めてしまったからには後戻りはできない。
あとは、ほったらかしておけばいい。
バーチャル投資でもそうだったじゃないか。
ここから自分にできることはひとつもない。
トイレを出て、未だに愚痴を言い合っている先輩を見て、私はこっそり思う。
(そう遠くない将来、あなた方とはお別れです。)
この思いを現実にするために、自由を手に入れるために、私はまた次の一歩を踏み出した。
しかしその日の晩、やはり気になってチャートを眺めるものの、一度も新規注文が成立しなかった。
まあこんなもんか。焦ってはダメだ。
そう思い眠りにつく。
翌朝起き抜けにアプリを開く。
そこで初めて、新規注文が成立していることを確認した。
寝ている間にもシステムが私のために働いてくれる。
トラリピのいいところはここだ。
私は自分がまた次の一歩を踏み出したことを実感する。
その日は日中、仕事なんか手に付かなかった。
いくらほったらかせばいいとはいうものの、初めての投資だ。
チャートの動きが気にならないわけはない。
結局その日はまた新たに2つの新規注文が成立しただけだった。
要するに、AUD/JPYが円高にふれたということである。
その翌日、金曜日ということもあり、また別の先輩たちと飲みに行くことになった。
ここでも、愚痴、愚痴、愚痴のオンパレード。
加えて、ほかの社員の真偽の怪しい噂話。
愚痴と噂話ばかりの会話に少し飽きてなにげに開いたアプリを見てみると、決済注文が成立している。
利益金額は1000通貨の0.2円幅での設定だったから200円だ。
やった!
心の中でそう叫ぶ。
一言で200円増えたと言っても、その意味するところは大きい。
普通、何もせずに200円増やすには銀行預金ならおよそ100万円必要だ。しかもそれに要する時間は1年。
私の場合はただ先輩たちの愚痴を聞いている間に200円増えた。
こうして初めて不労所得を得た時、目の前で愚痴をこぼす先輩たちと自分の違いを感じた。
「社会という舞台の上で、愚痴をこぼす脇役を演じるのがあなた方先輩たちで、自由に舞台を駆け回り、自分のしたいことをして、自分の見たいものを見て、みんなから羨ましがられる役を演じるのが私だ。」
ここから、スタートだ。
この「ラットレース」から抜け出し、お金を稼ぐためだけの仕事から解放され、自由を手に入れる。
まだ始まったばかり。だが、私は始めた。
歩みを止めない。まだまだ資産を増やす。
そう決意した。
これが私が人生で初めての不労所得を得た2015年7月31日の出来事だった。